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山口地方裁判所萩支部 昭和30年(ワ)42号 判決

原告 五嶋善作

被告 神村治助

補助参加人 松原徳松

主文

被告は原告に対し金六拾五万八千七百五拾八円及之に対する昭和三十年八月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

被告は原告に対し被告所有萩市大島第四百六十六番地と原告所有同所第四百七十番地の一の宅地境に存する被告所有の高さ平均十二尺延長四十五尺の石垣及之に西北に接続する高さ平均十二尺延長六尺の石垣部分(別紙図面赤線を以て囲む部分)につき右原告所有地に対する危険予防のため別紙仕様書記載の工法による工事を為さなければならない。

原告その余の請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を四分しその一を原告その三を被告の負担とする。

本判決は原告において金弐拾万円の担保を供するときは仮に之を執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し金八拾八万円及之に対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わなければならない被告は原告に対し主文第二項記載同旨の危険予防工事を為さなければならない訴訟費用は被告の負担とするとの判決並仮執行の宣言を求めその請求の原因として原告は萩市大島第四百七十番地の一宅地及同地上に家屋を所有して之に居住し被告はその上段に位する同所第四百六十六番地宅地及同地上に家屋を所有し之に居住する相隣者であるところ被告の右宅地は以前は原告の右宅地から約四十五度の自然の勾配で上つた土地であつたが被告は昭和二十七年八月頃右被告所有宅地を拡張するため右原告所有宅地との境界に幅一尺五寸長さ五間半高さ二間半のコンクリート煉壁を垂直に築造しその内側を埋土したので当時原告は基礎工事を強固にし且崩壊を防ぐに必要な傾斜を持たせるよう被告に要求したが被告は之に耳を藉さずして基礎工事を施さず且垂直な煉壁を築造したので一年も経ない内に幅一寸五分長さ二間半位の亀裂が上下斜に三本生じ崩壊の危険が現れたので原告及近隣者からその補強工事を勧告したが被告は之も聴き容れないで放置していたため昭和三十年七月七日午前零時半頃右コンクリート壁が崩壊し下方の原告住家に倒れ懸つて建物を大小破し器物等を損壊しそのため家屋につき金六拾万円、器物その他動産につき金拾八万円の損害を与えたので右物的損害として合計金七拾八万円の賠償を求むると共に原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料として金拾万円、以上合計金八拾八万円の支払を求め且残存石垣の内請求の趣旨に記載した部分は何時崩壊するかも知れない危険状態に在つてその真下に居住する原告一家は日夜生命財産に対する危険に曝されている現状であるから之が崩壊予防に必要な工事の施工を求めるため本訴請求に及んだ次第であると陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める答弁として原被告が原告主張の如く境を接して上下に宅地及同地上に家屋を各所有して之に居住している相隣者であること被告が昭和二十七年八月頃右宅地境に石垣を設置したこと及右石垣が昭和三十年七月七日夜半崩壊し原告所有家屋の一部に倒れ懸つて之を損壊したことは各之を認めるがその他の原告主張事実は之を否認する特に右石垣崩壊の原因はその設置及保存に瑕疵があつたためではない仮に之に瑕疵があつたとしてもそれのみが崩壊の原因ではなく異常な降雨や軟弱の土質等が原因の一を為して居りかゝる異常の降雨の際は高地にある被告は勿論低地の原告も高地から流れて来る雨水を流出するよう本件石垣の前に溝を作るとかその他石垣の崩壊を防止するに適当な方法を採るべきが相隣者として当然の義務であるに拘らず原告がかゝる手段に出でなかつたのは原告の過失で本件崩壊は原告の右過失が競合して惹起したものであるから損害賠償の額を定めるについては之を斟酌せらるべきもので被告は原告の本訴請求には応じられないと陳述した。〈立証省略〉

理由

原告が萩市大島第四百七十番地の一宅地及同地上に家屋を所有して原告一家が之に居住し被告はその上段に位す同所第四百六十六番地宅地及同地上に家屋を所有して被告一家が之に居住するいわゆる相隣者であること被告が昭和二十七年八月頃右宅地境に石垣を設置したこと及該石垣が昭和三十年七月七日夜半崩壊し下方の原告所有家屋の一部に倒れ懸つて之を損壊したことは本件当事者間争のないところである。

よつて被告所有の右石垣崩壊の原因につき審按するに成立に争のない甲第一号証(昭和三十年七月二十三日附検証調書)同第三号証(昭和三十年七月二十五日附鑑定人阿武誠熊鑑定書)及萩測候所長関岡理一回答書に鑑定人横山吉熊、中島洋吉の各鑑定並検証(昭和三十一年二月五日)の各結果を綜合すれば本件宅地境の石垣は底部において延長約八十五尺高さ平均十五尺五寸の煉積石垣であるところその内東側の半分延長約四十一尺の部分が全部崩壊し西側の半分はその上部において延長約四十一尺高さ三尺五寸乃至四尺五寸の部分が崩れ落ちたものであるが右崩壊の直接原因は本件石垣裏側の埋立土砂が雨水により疑集力を喪い強力なる背圧を石垣に加えたると埋立土砂の裏側の在来の土堤部分に水が侵透し粘土の凝集力を減少すると共に間隙水の増加により粘土容積の膨張を来たした結果石垣に強大なる横圧力を加えたる結果によるものであるがかゝる石垣に対する圧力の増大及石垣が該圧力に堪え得なかつたのは石垣の裏詰コンクリート及栗石の詰込不十分、石垣面勾配の不足、石垣の基礎工事の不完全及上方宅地に排水設備のなかつたこと等が崩壊の前日たる七月六日以来の降雨と相俟つてその原因を為したものと認められるが右降雨は前記萩測候所長回答書によれば七月六日、七日の継続降雨量が一二〇、七粍で同月中の記録順位では七位同年中の記録順位で二十二位にして異常な大雨ではなかつたことを知ることができるので被告は本件石垣の設計乃至工法における前認定の不完全に基く崩壊により他人に加えた損害を賠償すべき責を負わなければならないことは論を要しないところと謂わなければならない。

従つて進んで本件石垣崩壊により原告の蒙つた損害につき按ずるに鑑定人阿武誠熊(昭和三十年九月二十八日及昭和三十一年七月九日)横山吉熊及波多野武夫の各鑑定の結果並鑑定証人阿武誠熊の証言によれば原告は本件石垣の崩壊による修理不能の程度に破壊された延三七、四〇坪の建物部分の価格弐拾六万八千円から該部分の残材価格(その取除費用を控除)四万参百六拾円を差引きたる金弐拾弐万八千四百四拾円及延四六、二五坪の建物小破部分の改修費九万四千四百円を合したる金参拾弐万弐千八百四十円の建物に関する損害の外電灯施設、畳、建具、仏壇、洋服ダンスその他の家具農具類及貯蔵赤黒瓦等の動産の破損による金額弐拾参万五千九百十八円合計金五拾五万八千七百五拾八円の物的損害を蒙つたことが認められるが尚その外証人五嶋進、長岡粂槌、井本利助等の訊問調書及原被告本人訊問の結果明であるように本件石垣崩壊により破損せられた原告所有家屋は約三十年来原告一家の唯一の住家であつたものでしかも修理不能に帰した部分は右家屋の内最も重要な部分であること石垣崩壊当時原告家族八人は右大破部分に就寝していたが小児一人が負傷した外辛うじて難を免れ得たこと住家破損以来原告家族は台所及板を並べた土間に畳を敷きて之に寝起しその後納屋に二室の二階を増作し之に八人が不自由の起居を余儀なくされて今日に至つていること及被告は本件石垣の危険につき以前から幾度となく原告及近隣者より注意を受けながら之に耳を藉さずあまつさえ崩壊後も今日に至る迄原告方に対し誠意ある陳謝さえ為さず仲介者が入つても只管天災に責を帰せようとしそのため仲介者等も手を引くに至つたこと等を斟酌すれば原告が本件石垣崩壊により蒙らされた精神的苦痛はけだし僅少ならざるものがあつたと認むべく之に対し被告は相当の慰藉を為さなければならないことは当然であるからその慰藉料額について考うるに原被告本人訊問の結果明であるように原告方は家族八人その内長男夫婦及末女の三人を除く外は老人子供にして資産は本件宅地建物の外畑約五反であるに対し被告方は家族九人その内子供四人を除く外は稼働中にして資産は宅地約百三十四坪、建物延約三十五坪畑約一町四畝外雑地であること等を彼此勘案すれば少くとも金拾万円の慰藉料を支払わねばならないものと認むべく従つて結局被告の原告に支払うべき損害賠償額は以上を合算した金六拾五万八千七百五拾八円及之に対する本件訴状送達の日の翌日たること本件記録に徴し明白である昭和三十年八月六日から完済に至る迄年五分の割合による金員とする。

此点につき被告は低地にある原告としても高地から流れて来る雨水を流出するよう本件石垣の前に溝を作る等して石垣の崩壊を防止するに適当な方法を採るべきであつたのにかゝる手段に出てなかつたのは原告にも過失があるから損害額の算定につき之を斟酌すべきである旨主張するけれども証人五嶋進の訊問調書によれば上地より来る雨水は本件石垣の前を自由に流下し原告方では之が疏通を妨げた事実は全然なかつたことが明であると共に前認定の如く本件石垣崩壊の主原因は上地の被告所有宅地の排水不良と石垣の裏詰工事等の不十分により背後から石垣に圧力が加えられたことに存するのであるから原告の過失を云為する被告の右主張は理由がないものとして之を排斥する。

終に残存石垣の将来における崩壊の危険性の有無及之が予防方法につき案ずるに鑑定人阿武誠熊(昭和三十一年七月九日)及中島洋吉の各鑑定の結果に徴すれば被告所有の残存石垣の内原被告宅地境の延長四十五尺高さ平均十二尺及之に西北に接続する延長六尺高さ平均十二尺の石垣部分(別紙図面赤線を以て囲む部分)は将来崩壊の危険の存することが認められかゝる場合その所有者たる被告において危険予防に必要なる工事を為すべき義務の存することは論を俟たないところ(昭和七年十一月九日及昭和十二年十一月十九日大審院判決参照)であるがその工事方法は最も効果的にして且経済的のものを以て最良とすべきこと条理上当然のことであるからその観点に立つて之を考うるに鑑定人中島洋吉の鑑定によれば残存石垣を撤去し鉄筋コンクリート造の耐圧擁壁を構築することが絶対安全なる根本方法であることが明であるが之は経済的に過重の負担を被告に帰せしむるものであり又最も簡単なる方法としては上地表面を三和土タタキとし勾配を附し雨水を直に土管に導き滲透水は速かに外部に流出するよう埋土内に盲溝を設け水抜に連絡する方法が認められるが之は本件石垣附近の土質、地形その他上地の被告所有家屋の重圧等よりして安全性に欠ぐるところありと認められ結局鑑定人阿武誠熊の鑑定(昭和三十一年七月九日)の通り在来の石材栗石等を再使用し不足材を補足して別紙仕様書及図面の通り施工するを以て必要且十分なるものと認める。

仍つて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条仮執行宣言につき同法第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林馨)

工事仕様書

別紙図面赤線を以て囲む石垣部分を取除き石材栗石等は之を再使用し不足材を補足し別紙図面の通り基礎は深さ一尺八寸以上の堀方を為し栗石を組入れ十分に搗固めた上調合一、三、六のコンクリートを厚さ四寸以上に打込み根石の据込みを為す。

石垣の面勾配を通し三歩の御寺勾配とし谷積に積上ぐるものとする。

裏詰コンクリートは上記の調合とし右尻迄入念に詰込み水抜穴は一平方米につき一ケ所宛内外とし千鳥に割当て水勾配を附して設置し裏詰栗石を十分に組入れ積上りに従い裏盛土は一尺厚さ内外毎に搗固め石垣天端に至り集水桝は従来のものを使用し被告神村宅地の集水のため半土管を敷設し集水桝より下道路側溝迄は在来の土管を敷設する。

石垣の目地仕上は調合一、三のモルタル塗とする。

道路側における新旧石垣の積替境は特に入念に構造するものとする。

石垣及建物平面図、崩壊防止石垣断面図〈省略〉

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